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どこでオーバーホールするか? 2002.06.22記 2011.11.02改訂


「大事な腕時計をOHに出すのに、正規代理店/メーカーに出すべきか?」という命題について、フォーラムで私なりの考えを書きました。普遍性があるテーマだと思いますので再構成してこちらに保存しておきます。なお、以下の文章では、「正規代理店」に国内メーカーのSSも含めて考えます。


時計の修理と言うのは、

* 修理の良し悪しが判断できない。手抜き修理でも、そのまま受け入れざるを得ない。

* 手抜きをしても客に分からないし、損害賠償を求められることも考えにくいので、いくらでも手抜きをできる。

* 逆に、コストをかけて丁寧な修理を行っても、それを客にアピールして拡販につなげることが難しい。

* 修理で何かトラブルがあった場合、結局は損害を回復できない可能性が高い。客の方に問題があるケースも多いのですけどね。


というように、悪徳業者に有利で真面目な業者・消費者に不利な面が多いです。車の修理のように人命に関わることでもないので、公的機関の認証なんてものもないですし。

実際、ムーブメントを外して丸ごと洗浄剤に漬け、適当に緩急針をいじって「はい、できあがり」とするようなインチキ業者や、技術もないのに時計をいじり、部品を壊してもそ知らぬ顔というような例が横行していると言われます。「言われます」というのは、そうした手抜き修理は、熟練した時計師が時計を開けて、初めて見抜けるからです。素人では、「修理しました」と言われれば、そうですかと代金を払うしかありません。

修理をする側の技術者としての良心、信用への拘りのみが歯止めになると言う構造があるわけですね。

その辺を考えると、信用を重んじる立場にあり、かつ交換用の部品を一番豊富に持っている正規代理店に任せるのが一番リスクが低いという結論になります。街の時計店でも、技術と誠実さを併せ持っているお店はあるはずですが、それを的確に判断するのは至難です。なお、今の時計店は、店主に技術がないので修理は全て外注(下請)に出す所も多いようです。

それと、だいたい100m防水以上の時計の場合、防水検査にそれなりの装置が要るようです。セイコーのSSに、検査装置の写真が掲示してあったのを記憶しています。このような大掛かりで高価な装置は、正規代理店でないと導入できませんね。この点は、いくら真面目な時計屋さんでも、力が及びません。防水時計のOHは、正規代理店に頼むしかないと考えた方がいいです。

さらに、最近では、純正パーツを社外に販売しない代理店が多くなっております。時計の性能維持には、どうしても純正パーツが要ります。特に竜頭の部分の防水は、純正パーツがないとどうにもならないようです。

というように、正規代理店で修理を受け付けてくれるのであれば、多少のコストを惜しまずにそちらに任せるのが、消費者としてリスク最小の選択になるわけです。


2ちゃんねるあたりでは、何でも安いほうが良いと言って、「正規代理店のOH代が高い!」とか根拠もなく稚拙な文章で騒ぐ厨房がいますが、「高級機械式時計の適正OH料金はいくらか?」というのを試算してみましょう。はっきりしたデータは得られないので、推測に頼る部分が多くなってしまいますが。

同じような、技術を売る商売として、理容店があります。客が払う料金は、1時間につき3,000円−4,000円というくらいでしょうか。このくらいの料金水準で、床屋さんは経営が成り立つわけです。

大雑把な計算で、時計師1名にちゃんとした給料を支払い、かつ正規代理店の損益がトントンになるために「年間売上 1千万円」が必要だとします。一方、床屋さんの売り上げは4,000円*8時間*25日*12ヶ月で960万円くらいになります。当たらずとも遠からじの数字と思います。

現在の高級機械式時計の修理代金の相場は3万円ですが、売上1千万円を上げるためには、330本の受注が必要です。これを、年間実働日数250日で割ると、1日当たり1.3本。2日で3本と言う勘定でしょうか。

ちなみに、年間に約3,000本のIWC時計を輸入販売しているコサ・リーベルマン社は、時計師が3人いるそうです。並行品を含めて、年間に約1,000本のOHをしていると考えると、何となく計算が合いますね。
※ コサ・リーベルマン社がIWCの輸入代理店だったのは、2000年頃までです。当時は、同社がインターネット上にBBSを設けて、コサ・リーベルマン社のIWC担当者がユーザーの質問に直接答える、という素晴らしいことが行われておりました。上記の情報も、その中で得られたものです。

実際は、この「1本3万円」という価格は、ビジネスとして考えると、「赤字が出ないライン」ではないかと考えています。時計師一人につき年間1,500万円くらいは売り上げないと、時計師にしかるべき給料を払った上で利益を出すのは困難でしょう。「1本3万円」は、正規代理店としての責任上、自社製品オーナーが負担できる範囲で設定しているサービス価格ではないでしょうかね。実際は、例えば日本デスコ(2000年頃までのジャガールクルトの輸入代理店。ビッグマスターのO/H基本料金は5万円でした)のように1本5万円くらい請求しないと採算に合わないのではと考えています。

コサ社のフォーラムで、同社の方が前に書いていたのですが、修理用の部品代というのが結構大きいそうです。コサ社がIWC本社から仕入れる価格が、歯車一個:数千円ということもあるとか。これは正規代理店への販売価格ですから、部品問屋を通して街の時計屋さんが購入する価格はもっと高いでしょう。

例えば一本1万円と言うようなオーバーホール代金は、

* コストに見合った手抜き修理
* コスト度外視の持ち出し修理

のいずれかであり、安全上、コストに見合った手抜き修理であると考えるべきです。1万円では、熟練技術者の時間はせいぜい2時間しか買えないのですから、まともな修理など期待する方が間違いなわけです。

しかるべきサービスを買うには、それなりのお金を払いましょう、という社会常識に沿った結論になります。


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